気分はもう戦前。

第3日目





カウナスに向けての移動の朝。「遅れたらエラいこっちゃ」という意識が根底にあるせいか、やはりこうした日は随分と早く目が覚めてしまう。飲みすぎた訳では無いが食欲をあまり感じない。ゆったりと時間を過ごし、午前9時半を回った時点でホテルをチェックアウト。3分程歩いた先のバス停にて駅行きの車輌を待つ。




ここがヴィリニュスの駅。向かって左側が切符の窓口。時刻表を見ると、約30分後に丁度カウナス行きの列車がある。憶えたリトアニア語が不安だったので、時刻表に書かれた列車番号等をメモして窓口のオバちゃんに渡す事にする。1時間15分の道のり。料金は17リタス。ちなみに写真右側に写ってる、仕立てのいいスーツを着た初老の男性は終始オイラをガン見してた。東洋人が珍しいんだろうねきっと。ここには写ってないが、奥様と思しき人と一緒だった。





これが切符。スーパーのレシートと同じ様なペラペラの紙を渡されて「あれ、切符は?」と思ったが、よく見ると「BILIETAS(切符)」の文字が。これを車掌に見せればOK。こういう日本との小さな違いに遭遇するのも旅の楽しみだと言えよう。
発車まで少し時間があったので、駅のカフェテリアで朝食を取る事にする。





何とも旅情をかき立てる雰囲気の店内。昔観たヨーロッパ映画の1シーンを思い出す。





注文したのはリトアニアの定番、刻んだ赤カブとヨーグルトをあわせ、分葱、ディル等のハーブやゆで卵をふんだんに盛り込んだ冷製スープ「シャルティバルシチェイ」それと茹でたジャガイモにディルを散らしたもの。何のてらいも無いが美味い。
常々実感するが、その国の高級な料理も勿論だが、みんなが毎日普通に食べているものが美味い。日本人の感覚に置き換えれば、うどんや蕎麦、ラーメン、白いご飯に味噌汁の付いた定食といったところか。




支払いを済ませ、発車10分前にプラットホームに移動。向こうに見えるのがカウナス行きの列車。異国の地でバスや飛行機よりも「鉄道」での移動はこれ以上無い位に旅の風情が高まるというもの。





自ずと脳内BGMが「世界の車窓から」のテーマソングになってしまう。




1時間15分後、終着駅のカウナスに到着。





駅前のキオスクでバスの切符を買う。
カウナスのバス。人生で初めて「トロリーバス」というものを見た。ある意味「電気自動車」の先駆けとも言えないだろうか。
自分が生まれる前、昭和30〜40年代あたりは東京都、横浜市川崎市名古屋市京都市大阪市宝塚市で運行されていたが、現在では全て廃止。最後に廃止されたのは、横浜市交通局のもので1972年の事であるとの事。現在は立山黒部貫光の室堂駅〜大観峰駅間、それと関西電力が運営する関電トンネルトロリーバス黒部ダム駅〜扇沢駅間、この2区間のみ現存している。

これは「ソラリス」というポーランドのメーカーが製造したもの。
ちなみにソラリスと聞いてタルコフスキーを連想する人は相当な映画通、ですね。




閑話休題
駅から伸びる地下道を通ってバス停に向かい、旧市街方面行きを待つ。
ビリニュスでの、降りる場所を大幅に過ぎてしまう轍はもう踏みたくない。バス停に貼られている路線図を何度も見て確認。ホテルに最寄のバス停で下車し、1ブロックほど歩いた所にカウナス旧市街のメインストリート、ライスヴェス通りがある。その通り沿いに今回宿泊するホテル「メトロポリス」があった。
http://www.metropolishotel.lt/





正面のドア、そして中にある回転扉も木製という造りが戦前から営業しているという歴史を静かに語っているかのようだった。建物は3階建て。用意された部屋は2階。




階段の雰囲気が昨今のホテルには無いお洒落、且つ厳かな雰囲気。この宿がこれまでどれ程の旅人を受け入れ、そして送り出していったのだろう。幾多の歴史に想いを馳せると、あたかも自分がその時代にタイムトリップしたかの様な錯覚にとらわれ、暫しこの階段で足が止まっていた。




戦前から営業しているとはいえ、内装は綺麗に施され劣化など感じさせない。天井が高いのも開放感があって良かった。そして小さな事だが、今回用意された部屋にはこの料金ランクとして珍しく冷蔵庫が設置されていた。これまでは自分がホテルを選択する上で冷蔵庫の付いている部屋は殆んど無かったので高く評価したい。




バスタブ。「ああお湯に浸かれる」と思ったが、底の栓が無かった・・・。




ホテルに入って落ち付いたところで、周辺を探索してみる事にする。ライスヴェス通りを東に進むと「独立広場」があり、そこに聖ミカエル教会が建っている。





元々はロシア正教の教会だったのだが、後にカトリックの教会になったという。





そこを間近にしたカフェにてカウナス入りしてから初のビールを頂く。銘柄はビリニュスでも飲んだ「カルナピルス」。
当日の気温は16℃くらい。酷暑を記録した日本とは20℃前後の開きがあり、加えて湿度も低いので吹く風がとても心地良い。





飲んでから教会から伸びる通りを端の方まで歩く事にする。念の為、道すがらの写真店にてカメラのフィルムを1本購入。デジタル化の著しい昨今だが、申し訳程度ではあるがネガフィルムも置いてあった。ホテルを再び通り過ぎる格好となったので、買ったビールやワインを部屋の冷蔵庫に入れておく。





これは「TAURAS」という銘柄。これもスッキリとした味。
http://www.tauroalus.lt/tauro-alaus-rusys/






1kmに渡る通りを歩き、レストランや商店の様子、公園で遊ぶ子供達、バイオリンやギターなどの弾き語り、そしてネオバロック調の建物の数々。目に留まる全てが初めて目の当たりにするものばかり。





やや日も傾いてきた頃、聖ペテロ&パウロ大聖堂の前のベンチに腰掛けた時に、何やらプロペラ飛行機の音がした。空を見上げると、曲芸飛行用のプロペラ機が遠くの方で急上昇や急降下、背面飛行を繰り返しているのが見えた。その時訪れる強烈な既視感。レンガ造りの教会、石畳の道路、バロック調の建物、そしてプロペラ機の音・・・・昔観た、第二次大戦を舞台にしたヨーロッパ映画の如き光景が眼前に広がっていた。暫し忘我の境地に入り、そしてこの国の歴史に想いを馳せる。戦前のナチスの台頭、その余りにも深過ぎる傷痕。その傷も癒えぬまま、今度はロシア連邦の一つとして圧制の下で歩まねばならなかった苦難の歴史を。




そのうち周囲はだいぶ陽が落ちてきた。食事の場所を探して歩き回り、ふと急に肉が食べたくなったので、丁度目に付いた「Steak」の看板の店に入る事にする。ビールと共に運ばれてきたのは握りこぶし大の、粗挽き黒胡椒がたっぷりかかったステーキだった。

平たい肉でも上手く焼き上げるのは難しいのに、こうした形状の肉はそれ以上に火の通し方が非常に難しい。やれと言われても無理だよなー、と感嘆しながら食した。その後スーパーマーケットに行ってビールとワイン、スナック類を購入。ホテルでCNNや音楽番組を観ながら盛大に飲み明かした。